縮小する都市と脱建築家 / シンポジウム「縮小する都市に未来はあるか」評(新建築0704)

 

大野秀俊「fibercity」とフィリップ・オスワルト「shrinking cities」のジョイントイベントというダブルネームの響きに惹かれて、秋葉原の展覧会と東大本郷キャンパスのシンポジウム「縮小する都市に未来はあるか」へ参加してきた。シンポジウムの会場は想像以上に満員で、かつ平均年齢が高い。それだけ、このテーマに重要性を感じとった人が多いのだろう。

 

成長と縮小

オスワルトの「shrinking cities(縮小する都市)」という言葉を初めて目にしたのは、2004年頃だろうか?魅力的なコピーだが、なんとも不思議な言葉の響きだと感じた記憶がある。本来「都市」とは、人が多く集まっている場所を意味している。周囲より人口密度の高い場所、それが「都市」であった。その後、19世紀後半から20世紀前半における高層ビルの出現によって、ビルが林立する風景を都市的なるものとして認識することとなる。この都市認識には、常に「成長」を前提とした大系が存在している。経済的のみならず文化的にも、「成長」は私たちの都市生活における根本的な評価軸となっていたのである。。オスワルトの提唱する「縮小する都市」という言葉には、そういった私たちの生活の中にどっしりと根を下ろし、あたかも空気のように存在している「成長評価軸」をゆるがそうとする意識が隠されている。だからこそ、なんとも不思議な印象が残るのだろう。

 

縮小するといっても、拡大してしまった都市は、風船のようにしぼんでいくわけではない。虫食い状に穴が開いて、スカスカになっていくだけである。いわば、多孔質な都市というわけだ。高密度であった場所がまたもとの低密度に戻っていくことは、自然のような、地球の自浄作用なのかもしれない。しかし、私たちはその現実を素直に受け止めることが出来ないのだ。

これを「過疎」という言葉で片づけることもできる。実際、オスワルトらが日本でサーベイしたという函館の事例は、過疎問題とほぼ同じ状況を示している。違うのは、それが都市で起こっているという事実である。都市が捨てられる、または、かつて繁栄した場所が寂れていく事自体は、アメリカのゴーストタウンの例をあげるまでもなく、そう珍しいことではない。しかし、そういった商業的な栄枯盛衰ではなく、国や地球全体が縮小していくことをどう考えていくのか?という問いかけは、想像以上に重いテーマであるといってよい。

 

つくらない東京計画

日本においても、これからの50年間で約4000万の人口が減少するという。毎年、政令指定都市クラスの街の人口が消えていく。そう考えると、現在は驚くべき変換点である。もっとも、しばらくは東京集中が続くだろう。しかし、東京がその縮小に気が付かざるを得なくなった時、日本国中は既にかなりの虫食い状態になっているに違いない。

 

大野のfibercity(ファイバーシティー)は、そういった危機的状況に警鐘をならすべく提案された、いわば21世紀の東京計画である。シンポジウムで箕原敬が、「ファイバーシティー」は丹下健三の「東京計画1960」以来の計画であると述べていたが、確かにここ数十年、建築家から提案されたビジュアルな東京計画はほとんどない。しかも、大野の視点はより先を見据えている。ファイバーシティーが丹下案のようなインパクトを持ち得ないのは、この案が既存の成長論理に則していないからでしかない。大野案は、本来作ることが職能であるはずの建築家が、作らないことを提案するという、カフカ的提案でもあるのだ。

 

脱建築家の職能

シンポジウム後半の座談会においても、議論は、オスワルトの発言ですら、成長論理の方へとすり寄っていく。成長が、僕たちの文明にどっしりと染みついた概念であるからなのか?人間であるための防衛本能であるのか?それは、わからない。少なくとも、今まで建築家が立ち向かったことのない問題を考える時期が、目前に差し迫っていることは理解できた。

ドイツでは、もう都市は縮小するのだからと、高層集合住宅を低層集合住宅へリプレイスしていると聞く。かたや日本では、景気がよくなれば、またバブルが舞い戻ってくるとでもいわんばかりの脳天気さが残っているように思えてならない。

 

彼らの提案は、そんな日本において、建築家は何をしなければならないのか?作らないことを決めるのは誰か?作らないことをデザインするのは誰か?縮小のさせ方を考えるのは建築行為なのか?などなど、様々なことを考えさせてくれる。

それはいわば、脱建築家(de-architect)とでも言うべき職能の萌芽を示唆しているともいえるし、そういった時代を迎えて、どういう人材を産み、育てていかねばならないのかを、教育機関だけでなく、行政、建設会社など、全ての建築都市関係者は考えざるを得なくなるだろうと思う。


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