住宅は「もの」か?(住宅特集0405)

 

月評を引き受けたのは10年ぶりである。当時、住宅に何が見いだせるか、一年間疑問を投げ続けて終わった記憶がある。10年経って、何を学べたのかをこの一年で正面から考えてみたいと思う。

という抱負のもと、最初の近作訪問の対象として選んだのが、中村好文の「久が原のすまい」である。以前から彼の住宅のファンであり、にも関わらず一度も実際に見る機会がなかったことが一番の理由である。しかも自邸。もう一つの理由は、以前ある賞の審査で、僕の自邸「Tokyo」に対して、中村さんに「彼が一所懸命説明してくれた都市との関わりが僕にはひとつもピンとこない」と言われたことである。勿論、賞をいただけて大変感謝しているのだが、その一言がとても気になっていた。つまり、好文さんは僕とはかなり違う視点で住宅を捉えているのだと感じたのである。もうひとつ、この種の住宅が批評の対象となることがあまりないのは何故か?そしてそれは建築メディアにとってどんな意味を持っているのか?を考えてみたかった。つまり、こうしたコンセプチュアルでない住宅に正当な評価を与える術を自分自身で知りたかった。

 

こういったいくつもの目論見のもと、「久が原のすまい」と「Apartment2122」の両方を見せていただけないか打診したところ、自邸のみを見せていただけることとなった。クライアントの違いを確認したかったのだが、これはまたの機会に。執筆、大学、展覧会と多忙な中村さんのスケジュールの合間をぬって、日曜の朝にお伺いした。端正な住宅街にひっそりと建つスケルトンインフィル形式の集合住宅の一角が「久が原のすまい」である。外部階段を上ると、玄関ドアを半分開いて、中村さんが迎え入れてくれる。少し天井高の高い平土間のホールに置かれた、いかにも好文さんらしい階段のステップをあがり、上階の楕円形のダイニングテーブルの椅子へ。くるっと見渡して、キュッとつまったまさに完璧なコンパクト住居という第一印象を受ける。もうどれも動かせないなと思わせる、寸分の狂いもない配置が空間をかっちりと規定している。しかし、過度に緊張感がただよう空間ではない。スケルトンの構造が部分的に見えているからだろうか。それとも様々な好文流ディテールがその緊張を和らげているからだろうか。

 

まずは、中村さんに少し話を伺う。もうすぐ開かれる展覧会の話、道具やものの話など、さすがに話題が豊富である。途中、僕が芸大時代に、平面が生活を規定しすぎることに疑問を持っていた話を持ちかけると、その話の流れで、好文さんは「建築はものである」と言われた。「もの」と聞いて、即座に美術の「もの派」を思い出した。なるほど「もの派の住宅」か。勿論、中村さんは建築は所詮「もの」でしかないのだから、「もの」としての力を大事にしなければならないということを言われたのだと思う。住宅では、スケール的に手で触れる部分、例えば手すりや取っ手、家具といった部分の比重が高くなる。だから手で触る部分を決しておろそかにしてはいけないとかつて教わった。いわば建築のユーザーインターフェイスが一番重要というわけである。

家具や備品も「もの」であると考えると、住宅では、「もの」的要素の密度はかなり高い。従って、住宅や家具を主なフィールドとする好文さんが、「建築はもの」であると言うのは当然かもしれない。そう考えながらもう一度見渡すと、「久が原のすまい」は、建築というよりも 家具を裏返しにしたようなものに見えてきた。 スケルトンインフィルの住戸だから、外観はない。内側の視点によって、空間が規定され、外側へ少しだけはみ出している。このマンションの内装より少し自由度の高い空間を中村さんが自邸の対象として選んだのは、まさに彼に相応しいフィールドであったからではないか。彼の解説にある「自然体で暮らせる飽きのこない家」とは、建築家の設計時の内外の視点の矛盾を極力なくしていこうとする試みを指しているのではないだろうか。

というようなことを考えながら、中村さん自らの説明で各部を見せて頂く。住宅内に散らばる様々な好文風装置をめぐる贅沢なギャラリーツアーといった趣である。やはり、一番考えたという階段上部の「空中書斎」のギミック(仕掛け)が素晴らしい。航空機の金物を用いたというスライド式の空中廊下と吉村順三の折りたたみ椅子を思わせる皮のハンドルがついた半倒式の床パネルの組み合わせは、絶妙な寸法で好文好みの居心地よい場所を出現させ、プランや写真ではわからない立体感と空間の濃密さを感じさせる。おそらく、「もの」としての力とは、こういったディテール、いわば人との対話から生まれてくる「手ざわり感のあるデザイン」のことを指しているのだろう。

中村さんはクライアントで悩むことは余り無いと聞く。熱烈な好文ファンがいるからだろうが、そういった優れた建築家のテイストを伝えることが建築メディアの使命なのか?それとも、その背後に潜む建築の奥深さを伝えることが使命なのかを改めて考えさせる訪問であった。これについてはまた引き続き考えていきたいと思う。好文さん、お忙しいところどうもありがとうございました。(吉松秀樹)


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