120度と数寄屋モダニズム / 120度の家:早草睦恵(住宅特集0507)

 

早草睦恵さんとは、ある委員会で何度か建築を一緒に見学する機会があった。知的にはっきりと意見を述べられる方で、その気っぷの良さと作品との距離がうまく測定できないでいた。今回の「120度の家」は、これまでの早草さんの作品イメージとは少し異なる建築である。しかも解説には、重厚な建築を要望されたとある。早草さんと重厚という、僕には結びつきにくいキーワードとこの作品のテーマである120度に大変惹かれた。実は、学生の頃にハンス・シャローンにはまって、60度グリッドで随分エスキスを繰り返した思い出がある。かつて行っていた連続体メソッドも3点で平面が決定される仕組みを応用したものだったりする。だから、120度で組まれた建築空間を体感してみたくなったのだ。

大宮で新幹線に乗り換えてわずか40分。軽井沢は本当に近くなった。しかも駅で待ち合わせた早草さんは、歩いていけるんですよと言う。車でいくのだとばかり思っていたので、とまどいながら歩いていくと、あっという間に周辺は別荘地の風情に。いくつかの道を曲がり、企業の保養所と大きな別荘が混在するエリアに「120度の家」はパッと現れた。

思っていたよりも一回り小さく見える。誌面の雪景色とはまるで印象が異なって、120度は周囲の建築よりも新緑の周辺環境になじんでいた。ちなみに雪景色での撮影は早草さんの夢だったのだそうだ。確かにインパクトはあったが、やはり別荘は緑が似合う。まずは、ぐるっと周囲を見せて頂く。外壁に貼ってあるレッドシダーの正目があまりに綺麗で、一見人工木材かと見紛うほどだ。木を確保して木割に付き合い、張り方まで細かく指示を出されたとのこと。このレッドシダーの風合いが、施工精度の高さと相まって、この建築のグレード感を高めている。これも「重厚」の一つだろうか。

外観は本実の打ち放しコンクリートとレッドシダーとグレーの塗装。全てをレッドシダーで覆うのではなく、小口や軒裏に無彩色を用いることで、デザイン的なバランスが計られている。サッシュもあえて木ではなくアルミサッシュを選択。外壁のレッドシダーは、暴れるのを防ぐためにすべて金属の押縁で止めてあり、窓廻りやコーナーの120度部分も板金でディテールが工夫されている。そういった隅々まで行き届いた細かい気配りが、この建築に厳しさと気品を与えている。

一通りぐるっとまわって内部へ。建築はパブリックゾーンとプライベートゾーンの二つのウィングに分かれていて、その間が軽やかな屋根の架かった透明な玄関で繋がれている。

まず右側のプライベートゾーンへ。ジグザグ状の平面が、L型ワンルーム空間を緩やかに3つに分節している。庭に背を向けて置かれている家具が、ホテルのロビーのような内向きの空間を感じさせる。突き当たりのダイニングは、周囲が棚で囲まれたコージーな空間。奥の椅子に座ると、そこからいくつもの視線がいろんな方向に伸びていく。直角の建築とは明らかに違う空間の体感である。ああ、これが早草さんの説く120度の効能なのか。たしかに視線が心地よく揺れ動く。

玄関の反対側のプライベートゾーンへは、和風建築の細長い廊下を渡っていく感じ。大きな引き戸を開け放てば、廊下と寝室はひとつながりとなる。突き当たりの主寝室までワンルームと言えばワンルームなのだが、各部屋はやはりコージーな雰囲気がある。ところどころに開けられたピクチャレスクな窓の先には紅葉が植えられていて美しい。

家のなかに直角の壁は2カ所しかないのだそうだ。開き戸も少ない。120度の空間は思いの外ナチュラルで、体に優しい感じがした。直角に曲がるという行為がないせいかもしれない。建主の方にもそれとなくお聞きしたが、気にならないとのこと。むしろ空間を楽しんでおられる様子が伝わってきた。

見終わって、早草さんと60度グリッド談義をする。いかにこの考え方が数学的かという話になった。自動的に次の座標が決まっていくからである。プランはそんなに苦労しなかったのでは?と聞くと、プライベートウィングの長さはかなりスタディーしたのだそうだ。むしろ屋根の架け方に相当苦慮したとのこと。確かにどんな屋根でも架けられるし、梁のかけ方が大変。苦労されたあとがそこかしこに見られたが、2重屋根になっているところや、軒先やけらばを段々にしているところなど、とても芸が細やかで、老獪ささえ感じさせる。 

知人に建築が古いと揶揄されたと早草さんは笑われていたが、僕は逆に新しい視点を発見したような気分になった。「120度の家」の中に様々なテイストを発見したからである。勿論、ライトやシャローンのようなイメージもある。外観などはそう見えなくもない。一方、早草さんらしい鉄骨を用いた工業的モダンの軽やかさ、透明さもある。そして、なにより細かいディテールや屋根の架け方などに近代数寄屋建築との相似を感じたのだ。

初期モダンでもあり、レイトモダンでもあり、近代数寄屋でもある建築。不思議な食感のデザートといった感じである。考えてみれば近代数寄屋は、本来モダニズムであったはずだ。日本の伝統とモダンの融合。いつしかそれは形式化し、アバンギャルドではなくなった。だからこそ、それらが融合された「120度の家」に、新しい建築の方向性の一端が見えるような気がしたのである。(吉松秀樹)



概要 | プライバシーポリシー | サイトマップ
© 2013 archipro architects. All rights reserved.