建築の建ちかたと建築家の立ち方 / 門前仲町の住宅:佐藤光彦(住宅特集0407)

 

佐藤光彦さんは、東海大学へ講師で来られていて、授業での作品紹介が興味深かった。敷地の裏側にポッカリと空地をあけた「江東の住宅」で、膨大な量のスタディー模型群を見せて彼が説明したのは、「建築の空間」ではなくて「建築の建ち方」であったからだ。狭小住宅において「建築の建ち方」を考えることは、いわば「住宅とは何か」を考えることに他ならない。彼があるインタビューで「一つひとつの部屋のデザインなど、どうなっても良いのかもしれないと思うまでになった」と話しているのを読んで、ああ、やはりそういう意識で建築を作っているのだなと妙に納得した記憶がある。

 

さて、今回の「門前仲町の住宅」である。実は入居前に見せて頂き、杭で建築をそのまま持ち上げ、GLを文字通りヴォイドとするコペルニクス的発想と表現の鮮やかさに感心して帰ってきた。近年見た住宅の中で、最も現代美術的美しさを感じた作品のひとつである。地面に穿かれた4つの杭工事跡以外がかつての駐車場の状態のまま残され、その上部に普通の建築では見えない6面目の黒い立面が強く迫ってくる。ここの1600前後という中途半端な高さが、この空間を都市のそして建築のヴォイドとして強く意識させている。

一度見た作品を近作訪問に選んだのは、勿論この建築の建ち方に強く刺激を受けたからだが、この抽象的なプランのない建築が、実際にどの様に住まわれているのかを確認してみたかったからでもある。

 

今にも雨が降りだしそうな土曜日の午後にお伺いした。あいにく撮影の日にあたり、室内は写真家やスタッフでバタバタしている。まだ若いチャーミングな奥様とタンタンのスノーウィーを黒くしたようなかわいいワンちゃんが出迎えてくれた。撮影の合間をぬって、立ちながらあれこれと世間話をする。

敷地も建築家もインターネットで見つけられたのだそうだ。御夫婦二人だけでお住まいで、ワンちゃんは設計時には想定されていなかったとのこと。白い抽象的な空間に置かれたスティールボックスと黒のモコモコした犬は、ファッション雑誌の1ページのように似合っている。室内は、引っ越し後まだ片づいていないとのことで、段ボールが残っており、最上階の寝室ゾーンには収納家具もない。「そろそろ作らなくちゃね」と佐藤さんが奥様と会話されていたのが印象的だった。住まわれてからゆっくり考えていきましょうという話だったのだそうだ。

 

法規的にはGLのヴォイド空間が1階である。敷地境界との隙間を外部階段で上り2階へ。ほぼ2層分の高さのある白い空間は、中央の水回りと階段が納められたスチールボックスで、道路側のエントランス・リビング空間と奥のダイニング空間に2分されているが、かなり明るく狭さを全く感じさせない。床はモルタル金ゴテだが床暖房が入っているし、スチールも黒皮仕上げのせいか意外と冷たい印象を与えない。

リビングにおかれた低いソファに座ると、道路との距離が非常に近いことに気がつく。道路面より約半階持ち上げられたことで、ほんの少し見下げる視点がかえって都市との近さを感じさせるのだ。実際道路での話し声などはかなりよく感じられるとのこと。奥のダイニングは、二人で暮らすには快適なスケール感を持つコンパクトな空間である。キッチン、風呂や洗濯機などが集約されており、家事はかなりしやすそう。中央のスチールボックスは、スチールの溶接跡などがそのまま残されている。佐藤さんによると、何の指示もせず、出来たままであるらしい。「江東の家」もそうであったが、このあたりの建築の突き放し方が彼は鮮やかであると思う。コントロールしない美しさを狙うのは非常に難しい。

スチールボックスの上部には東側への大きな開口を持つ床がある。いわば中3階だが、法規的には階ではなく踊り場なのだそうだ。ここは洗濯物を干すスペースとして設定されている。このレベルがあることで主階を立体的に知覚する視点が増え、3階への距離感を軽減する役目を果たしている。室内にテラスのような空間を持ち込み、それがスチールボックスによって領域として曖昧に区切られているのは、都市型住居として非常に優れた回答の一つである。

この踊り場から鉄砲階段を上ると最上階のプライベートゾーンへ到達する。ここは下階と完全に切られた、住居の中のいわばリトリート空間である。階段コアによって大きく2分されており、道路側は現在書斎的スペースとして使われ、奥側は主寝室ゾーンとなっている。コアを中心としてサーキュレーションできるため、非常に使い勝手の良い、それでいて空間の分節が計れている落ち着いた空間に仕上がっている。                         

 

雑誌の抽象的なプランでは、ここでどういった生活が行われるのかが見えにくい。しかし、彼はわざとそういった様々な可能性のある空間をポーンと空中に投げ出そうとしているのだと強く感じた。領域を作っていった結果が部屋であるという感じだろうか? そしてそれは、敷地から導かれたこの「建築の建ち方」に大変相応しい考え方であると感じたし、佐藤さんの最近の「建築家としての立ち方」であることも再確認した訪問であった。 (吉松秀樹)

 


概要 | プライバシーポリシー | サイトマップ
© 2013 archipro architects. All rights reserved.