東京藝術大学附属図書館(国際藝術リソースセンター既存図書館棟)の復原的改修

山本圭介・堀啓二・袴田喜夫・橋本久道・吉松秀樹・松本年史・前田道雄 (藝大建築科OB設計チーム)

(DOCOMOMOニュースレター 2019年 秋・冬号)

 

東京藝術大学附属図書館と建築家天野太郎

 東京藝術大学附属図書館・芸術資料館 (1965 年竣工 ) は当時の建築科教授であった天野太郎 (1918~1990) による設計で、キャンパス内の絵画棟・ 彫刻棟とともに DOCOMOMO JAPAN145 選に選定された近代建築の名作である。

  天野は建物と周囲の空間との関係性を大切に考え、 人の生活に即した建築空間を追究した作品を残している。附属図書館は道路側に並ぶ陳列館と正木記念 館に閉鎖的な部分を寄せて人々が活動する場を周囲 に開き、キャンパスと上野公園の緑を空間的につなげている。

  また、断熱のないローコストな建築であり、本実型枠によるコンクリート打放しの構造がそのまま空間デザインとなっている。2 階の階段室に低い内部庇がとりつき、そのまわりに格子梁による高い天 井の空間が広がる閲覧室は、大きな開口から杜を望むことができ、利用者に親しまれてきた。

 

附属図書館改修設計プロポーザルの経緯

 「東京藝術大学上野キャンパスマスタープラン 2013」に基づき、附属図書館は国際藝術リソース セ ン タ ー(IRCA:International Resource Center of the Arts) として再整備されることになり、書庫棟の増築に続く 2 期工事として、附属図書館改修設計の簡易プロポーザルが 20169 月に公示された。プロポーザルは耐震改修を主な目的としつつ、歴史と伝統の継承を踏まえて内外の景観に配慮すること、コストを抑えながら環境性能を高めることが求められた。  当初の設計理念の重要な部分を活かし、その他の部分を大胆に改修する計画を藝大建築科の OB に よる設計チーム ( 山本圭介・堀啓二・袴田喜夫・橋本久道・吉松秀樹・松本年史 ) で提案し、設計者として選定された。

 

優れた近代建築のための復原的改修

 機能再編と性能向上を含む耐震改修をしながら、 設計理念に踏み込んだ改修をすることは、文化財の保存改修や建物の再利用を主目的とするリノベーションとは異なる難しさがあった。  都市部の利便性が高い場所にあり、ある規模以上の近代建築は、社会的経済的条件等からそのままの保存は難しく、活用するメリットがあることが改修の前提となる。さらに建築の特性が構造と一体化した空間デザインにある場合、残す箇所の判断は一般化しにくい。装飾や技術などに価値を認める建築であればその一部を保存することに意義があるが、つくり出された空間そのものが残すべき対象となる建築では、空間の理念に沿って重要と思われる部分の取捨選択と、デザイン的にも優れた付加と整理が必要になる。

  原設計に手を加える部分をどのように扱うかを議 論していく中で、この改修方法を「復原的改修」と 考えるようになった。

 

機能に対応する改修設計

 国際藝術リソースセンター ( I RCA) は図書館を中心として大学内の諸機能を複合し、大学のオープン化にともない人の流れをキャンパス内に引き入れることを目指している。  既存図書館棟には図書館に加えて、藝大アートプラザ・文化財保存修復油画研究室・美術館収蔵庫を設け、増築された書庫棟 ( 日建設計設計 2017 竣工 ) には開架・閉架書庫と、1 階に開放的な多目的空間を配置している。  図書館機能は藝大の特性を反映し、芸術部門に特化した多様なフォーマットのコンテンツに向き合う場として計画され、全体に広がる開架書架の残余スペースに性格の異なるブラウジングスペースが用意されている。この新しい機能の図書館に対応するために、既存棟は大幅な機能配置の変更が必要になっ た。

 特に、2 階には必要な数の書棚を配置するため床荷重の増加が求められ、さらには耐震性能の不足、バリアフリーや断熱などの現在の建物に求められる性能の不足、これまでの改修によって付加 された部分の扱いなど、大学施設としての条件を満 たしながら、当初の設計理念を保つための改修計画 には多くの検討が必要になった。

 

復原的であるための改修設計

 改修を「復原的」とするため、建築空間の特性を 読みとり、その特性が活きる利用法を探りつつ設計を行った。2 階の大空間は、広がりを弱める要素を増やさないように断熱や家具や設備などを付け加え、 原設計が大切にした人の流れが大きく変わらないように平面計画を調整している。  機能的には執務スペースを広げることと、 書庫棟へとつながる動線の確保が求められたため、 もともと動線であった大閲覧室に大空間に面した内部庇下を執務スペースとして、書庫棟側にあった執務スペースを大閲覧室から連続する開架書架と動線の空間に変えた。

 また 1 階のエントランスからギャラリー ( 現藝大アートプラザ ) への連続性は以前の改修によって失われていたため、図書館管理用の機能を追加しつつ付加された壁を撤去し、連続性を回復した。2 階の大開口は既存に近い見付寸法の高性能アルミサッシへ更新し、その他の居室開口にインナーサッシを追加するなどメリハリのある予算配分を行っている。付加される仕切りや家具は空間のなかで目立たないが後に加えた部分とわかるように、グレーでオリジナルと異なる素材感の仕上げとした。

  構造的には、意匠の重要要素でもある構造躯体を 活かすため、建物全体を一体の建物として立体モデ ル化し、補強方法のシミュレーションを繰り返し、 必要な保有耐力を計算して耐震安全性を確保した。 竣工から 51 年が経過した既存不適格な建物に該当することから、「官庁施設の総合耐震診断・改修基準及 び同解説」の手法で耐震安全性の評価を行った。

  具体的には RC 付柱と増打ちによる構造壁の付加と、目立たない箇所に構造壁と鋼管柱を新設している。また、床荷重が増加するスラブには、書架の段数を抑える軽量化と床梁に合わせた配置を検討し、鉄筋量が不足するスラブ端部の上に配筋しつつ、床レベルの上昇を 25mm に抑えるように、機能・意匠・構造間でぎりぎりの調整を行った。

  設備的には、ペリメーターカウンター奥とハイサイドライト上に空調機を設置し、エアスイングファンによって循環させることで大空間の熱環境を成立させ、低天井部分はトップライト内に空調機を浮かべることで、機器を目立たせない設計としている。

 

「復原的改修」の意義と価値

 資料をもとに建設当初の姿に戻す復原や、性能的な条件を満たすことを優先する改修とは異なり、私たちが改修設計のなかで議論してきた「復原的改修」 を、建設時の設計理念を現在の環境の中で効果的に 生かす改修設計ととらえている。この方法により、 原設計の藝大附属図書館が備えていた空間の質を、 改修後も維持できたのではないかと考えている。

  今回の改修では設計理念に理解のあるクライアン トのもとで提案を一定のレベルで実現することができたが、一般的な耐震改修と同等の予算と管理者からは機能性の優先が求められる状況の中での復原的な改修設計でもあった。これから戦後に建設された多くの近代建築が解体や改修の時期を迎えることになるが、「復原的改修」の意義と価値が社会的に広く認識され、意匠的にも優れた設計者の選定や適切な予算配分によって、優れた近代建築の魅力が後世に長く受け継がれることを願っている。

 


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